人はみんな違う。を知っておこう。
ココロの話 | 22.10.19
誰かと自分を比べたり、伝えたことを思うように受け取ってもらえなかったり、理解してもらえない、逆に人を理解出来ないことって、いっぱいありますよね。って話です。
当たり前のことなんですけれど。
人って、ついつい「普通は」とか「それくらい常識じゃん!」とか言いがちなんです。
違いますから。自分にとっての「普通」とその人にとっての「普通」は。
同じ言葉を聞いても、その人の中に落ちた時に起こる感情や思考は、本当に人それぞれで。
それは、その人の中にある経験や記憶・・顕在意識だけにあらず、潜在意識、ひいては過去世の遠い記憶までもが影響すると言われています。
その人の持っている気質によっても違う。育った環境、地域・・・
もうね。あらゆることにおいて、本当に違うんです。全然。
価値観が似ていたり、波動が近いとか、趣味趣向がよく似ていると話しやすいし、一緒にいても疲れないし。
でもどんなに似ていても、それでも違いますからね。
この世界に何十億という人がいるのに、誰1人、同じ人間を作らなかったんですから!神さまって本当にすごい!!
例えば、話した言葉を、自分の意図することと違う風に受け取られてしまった場合でも、そこに自分の悪意がないのなら、それはもう相手の方が自分のフィルターを通して受け取ってしまったことであり、こちらにはどうすることもできず、相手が気分を害してしまおうと、仕方のないことなんです。
そんなことまで考えていたら、怖くて人と話せなくなります。
大切なことは、いつも「愛」から発信できているかどうかと言うこと。
自分に対して、世界に対して「誠実」であるかどうかと言うこと。
それさえ、ちゃんと”自分なり”に、持てていると思えていれば、逆に何を話してもきっと、その想いは通じるし、誤解は解けるのではないかと思うのです。
それでも通じない相手とは、繋がっている必要はないでしょう。
社会的にどうしても縁を切れないときは、きっと、そのお相手様から何かを学ぶ必要があること。
きっと何かを教えるために、その人は私の前に現れてくれたと私は受け止めています。
無駄な抵抗はやめて
もう、誰彼に理解されることは無理なことなんだとわかり、諦めよう!と決めた時、とても軽くなりました。
誰かに理解されなくても、自分さえ、自分に寄り添っていればいい。
誰よりも、自分が自分を理解できていれば、それだけでも本当に安心しますから^^