事象の価値を決めるのは自分次第。
ココロの話 | 23.05.29
滋賀県大津のイングリッシュガーデンに行ってきました。
今は薔薇の花が真っ盛り。
チューリップもそうだったけど、本当に今はお花の品種が増えました。
可愛くて萌えた♡
もうしばらくは楽しめそうですよ♪
最近、めっきりマインドのことが書けなくなりました。
今がどんな状態であろうと、それが完璧だとわかったから。
確かに人は、ネガティブな感情は味わいたくないし、自分の都合上、いいことだけ起こってほしくて「これさえ叶えば幸せなのに」って思い続けて・・
私も御多分に洩れず頑張ってきたのです。
でも、これまでの経験からしても、苦しい出来事って、後から振り返れば、必ずプラスになっているんですよね。
それが辛ければ辛いほど、反比例するように、幸せを感じる力を強くする。
例えば、私は関節リウマチを発症した頃、足が痛くてまともに歩けませんでした。
もちろん走れないし、正座もできません。子供達の授業参観でさえ、長時間立ちっぱなしが無理で出席できなかったです。情けない気持ちと申し訳なさでいっぱいでした。
でも、その経験があるから、今、普通に歩けることや、一人でどこへでも歩いていけること、少々小走りもできるし、なんなら1万歩くらいは歩けるようになって
健常者の方なら、ごく当たり前のことが、私にとってはとてもとてもありがたく、幸せに感じることができるわけです。
もういつ死んでもいい。
それくらい切羽詰まっていたから、当たり前にある小さな幸せに意識が向くし、切羽詰まっていたからこそ、心の仕組みや命の仕組みに興味を持ち、学んで、どんどん自分が解放されました。
それは、大きな苦しみがあってのこと。
今まで生きてきた中で、今が一番幸せです。
歳のせいも、大いにあると思いますが、いろんな執着がなくなり、良い意味で、いろんなことがどうでも良くなってきてw
歳を重ねるのも、悪くないんですよ^^
「どうしてこんな目に遭わないといけないんだ」
と思うことは、きっと一生なくなることはなくて、問題も悩み事も、思いもよらない事件も、その時、必要なことは起こり続けます。
でも、それをどのように解釈して、意味付けするのかは、自分が決めていい。
そして、その経験をどのように活かすかも、自分が決めること。
60年近く生きてきて、どんなに苦しかったことも、今となれば、そのどれ一つ欠けても、今の私はないわけで。
あの地獄を見た経験が出来て、本当に良かったなぁと思えるのです。
中々、苦しさから抜け出せない時って、永遠にその感情が続きそうに思えるかもしれませんが、必ず時が解決します。
その問題を見続けたり、巻き込まれてしまわないように、少し距離感を持って、俯瞰して眺めるようにしていると、案外、スルッと解決したりして。
助けてもらえるなら人を頼り、心腐らず、やれることがあるなら、誠心誠意取り組んで、あとは天の神様の言うとおり。
お任せしちゃってください。
必ず必ず手助けが入り、落ち着きます。大丈夫ですから。